WebGPU と WebGL の比較:アーキテクチャと API 思想を深掘りする

最終更新日: 2025-09-22 · Graphics Team 著 · 読了目安 18 分

ベンチマークを超えて、WebGPU と WebGL のアーキテクチャ的な違い、API 設計思想、そして開発体験・性能・スケーラビリティへの影響を分析します。

Web グラフィックスの世界は常に進化しており、開発者は大きな岐路に立たされています。10 年以上にわたり WebGL はブラウザーでリッチな 3D 体験を支えてきました。しかし、より低レベルなアクセスと最新の API 設計を掲げる WebGPU が登場し、新しい標準の座を狙っています。本記事では、シェーダー負荷の高いベンチマークの視点から WebGPU と WebGL を徹底的に比較し、実務でどのような違いが現れるのか、次のプロジェクトでどちらを選ぶべきかを考察します。


アーキテクチャを深掘りする:根本的な違いを理解する

WebGL と WebGPU の違いは設計思想に根ざしています。WebGL は OpenGL ES 2.0/3.0 をベースにした高レベルなステートマシン API で、学習しやすい半面、ブラウザーのグラフィックスドライバーが高レベルの状態を低レベルの GPU コマンドに翻訳する必要があり、CPU オーバーヘッドを抱えやすい構造です。

一方 WebGPU は、Vulkan・Metal・D3D12 などの最新 API を参考にした低レベルかつオブジェクト指向の API です。代表的な概念は以下のとおりです。

  • Device と Adapter: 物理 GPU とその抽象化を表現します。
  • コマンドバッファとキュー: 描画コマンドをあらかじめバッファに記録し、キューに送って非同期実行します。これにより並列処理が容易になり、メインスレッドの CPU 負荷を大幅に減らせます。
  • パイプラインステートオブジェクト (PSO):シェーダーや頂点レイアウト、ブレンド設定などの状態を不変オブジェクトとしてまとめ、描画時の検証コストを前処理に移します。
  • バインドグループ: テクスチャやバッファなどのリソースを柔軟かつ高効率に管理する仕組みで、WebGL におけるユニフォーム管理よりも明確で高速です。

このアーキテクチャの変化により、描画時に行っていた検証や設定が初期化段階に移り、安定した高フレームレートを得やすくなります。


API 思想と開発体験

パフォーマンスの違いは、API の設計思想の違いから生まれ、開発体験にも影響します。WebGL はステートマシン的なモデルで、比較的少ないコード量で描画ができますが、状態遷移や暗黙的な挙動に注意が必要です。WebGPU はコマンドベースで、最初のセットアップは大がかりになるものの、記述は明示的でデバッグしやすく、大規模なコードベースでも保守性が高くなります。

ステートマシン vs. コマンドベース

WebGL の draw call は、現在のステートをもとに暗黙的に実行されます。これに対し WebGPU では、コマンドバッファに描画手順を明示的に記録し、キューに送って実行します。構築の手間は増えますが、その分描画パイプラインの意図がはっきりし、パフォーマンス分析や最適化が容易になります。

パフォーマンスとベンチマークの知見

私たちが ボリュームシェーダーベンチマーク の Mandelbulb ベンチマークを WebGPU 版に移植した際、平均フレーム時間は顕著に改善しました。多数の draw call をまとめてバッチ処理できたこと、PSO の事前コンパイルにより描画時の検証コストが削減できたことが大きな要因です。また、低スペックマシンで CPU ボトルネックに達していたケースでも、WebGPU では余力が生まれ、安定したフレームレートを維持できるようになりました。

一方で WebGPU はまだ対応ブラウザーが限られているため、現時点では両方の実装を提供するプロダクトも少なくありません。実運用では、機能検出とフォールバック戦略(Feature Detection + Fallback)が欠かせません。

エコシステム・ブラウザーサポート・移行戦略

WebGPU は Chrome / Edge / Opera で既に使えますが、Safari や Firefox ではまだ実験段階です。WebGL は全ブラウザーで安定しており、豊富なライブラリとドキュメントがそろっています。既存プロジェクトを一気に WebGPU に移行するのではなく、段階的な導入が現実的です。たとえば WebGL をベースにしつつ、重い計算部分だけ WebGPU へオフロードするハイブリッド構成を検討しても良いでしょう。開発者は WebGPU の概念(バインドグループやコマンドバッファ)を先に理解しておくと、移行がスムーズになります。

ランタイムサポートを判断する際は、ブラウザーのバージョンチェック、HTTPS 要件、Feature Policy などを確認しましょう。ネットワーク権限やワーカーとの連携も WebGPU では重要なテーマです。


結論:WebGPU を選ぶべきタイミング

高性能なアプリケーションでは WebGPU が明確に優位です。アーキテクチャ的な強みから、フレームレートや CPU 効率が大きく向上します。

  • WebGL を選ぶケース: 小規模なプロジェクト、現時点での最大ブラウザー互換性が最優先のケース、開発スピードを最重要視し性能要件が厳しくない場合。
  • WebGPU を選ぶケース: 高度なゲームやデータ可視化、CPU ロジックの重いアプリケーション、将来も見据えて最高のパフォーマンスを求めるプロジェクト。

WebGL は今後も一定期間は重要な地位を保つでしょう。しかし、WebGPU は高性能なグラフィックスと計算機能をブラウザーにもたらす未来の中核です。今のうちに学習しておくことは、Web グラフィックス開発者にとって戦略的な投資になります。